ホルモン療法
目次
- 監修
- 群馬大学大学院医学系研究科 泌尿器科学分野
教授 鈴木 和浩 先生
ホルモン療法とは
前立腺がんの多くは、精巣および副腎から分泌される男性ホルモンの影響を受けて増殖しています。
ホルモン療法は、男性ホルモンの分泌や働きを抑えることによって、前立腺がん細胞の増殖を抑制しようとする治療法です。
がんが前立腺の外に浸潤している病期III期の患者さんには、ホルモン療法を単独あるいは放射線療法と組み合わせて行います。病期IV期の患者さんには、主としてホルモン療法を行います。また、治療効果を高める目的で、手術や放射線療法の前(ネオアジュバント療法)、あるいは後(アジュバント療法)にホルモン療法を併用することもあります。
ホルモン療法は、通常「LH-RH(GnRH)アゴニスト」や「LH-RH(GnRH)アンタゴニスト」、「抗男性ホルモン剤」、「女性ホルモン剤」などを単独、または併用する薬物療法として実施されます。また、「精巣摘除術」による外科的な方法も可能です。近年は、転移のあるがんに対し、ホルモン療法とアンドロゲン受容体シグナル阻害薬(ARSI)や細胞傷害性抗がん薬が併用されています。
前立腺がん細胞の増殖を抑制する方法としては、
- 精巣あるいは副腎からの男性ホルモンの分泌を抑える方法
- 前立腺細胞内において、男性ホルモンの作用発現を抑える方法
の2つの方法があります。
LH-RHアゴニスト・アンタゴニストや精巣摘除術、女性ホルモン剤、一部のARSIは(1)の方法、抗男性ホルモン剤と一部のARSIは(2)の方法によって、がん細胞の増殖を抑制します。
ホルモン療法として、LH-RHアゴニストまたは精巣摘除術に抗男性ホルモン剤を併用することで、(1)と(2)の両方の作用を期待するCAB(combined androgen blockade)療法が行われることがあります。また、転移のあるがんに対しては、男性ホルモンの働きをより強く抑えるためにARSIとの併用、あるいはホルモン療法とは異なる作用が期待できる細胞傷害性抗がん薬との併用が検討されることもあります。
(1)男性ホルモンの分泌を抑える | (2)男性ホルモンの作用発現を抑える | |||||
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薬物療法 | 外科療法 | 薬物療法 | ||||
LH-RH(GnRH) アゴニスト |
LH-RH(GnRH) アンタゴニスト |
女性ホルモン剤 | ARSIの一部 | 精巣摘除術 | 抗男性ホルモン剤 | ARSIの一部 |
(1)(2)を期待するCAB療法(LH-RHアゴニスト、LH-RHアンタゴニスト、精巣摘除術と抗男性ホルモン剤を併用されます) 転移のあるがんでは、LH-RHアゴニスト、LH-RHアンタゴニスト、精巣摘除術にARSIや細胞傷害性抗がん薬の併用が検討されます |
LH-RH(GnRH:性腺刺激ホルモン放出ホルモン)アゴニスト
精巣でつくられる男性ホルモンは、視床下部、下垂体でつくられるLH-RH(GnRH:性腺刺激ホルモン放出ホルモン)・LH(Gn:性腺刺激ホルモン)といったホルモンによってコントロールされています。
視床下部から分泌されるLH-RHは、下垂体にある受容体に結合してLHを分泌させ、男性ホルモン(テストステロン)の分泌を促します。
LH-RHアゴニストは、LH-RHに似た構造の薬剤であり、LH-RHが受容体に結合するのを阻害します。その結果として、下垂体からのLH分泌がストップし、精巣からテストステロンが分泌されなくなるため、前立腺がんは縮小していきます。
LH-RHアゴニストには1ヵ月持続型、3ヵ月持続型、6ヵ月持続型などがあり、下腹部などに皮下注射します。
副作用として、性欲がなくなる、ほてりなどがみられることがあります。また、初回のLH-RHアゴニスト投与直後にはテストステロンの一過性の上昇を認めるため、一過性の症状悪化(骨痛増強、排尿困難など)がみられることがあります。
LH-RHアゴニストでは、精巣摘除術を行ったときと同等の治療効果が得られることがわかっています。
LH-RHアゴニストには様々な投与期間のものがあります。
LH-RH(GnRH)(性腺刺激ホルモン放出ホルモン)アンタゴニスト
LH-RH(GnRH)アンタゴニストは、下垂体前葉にあるLH-RH受容体を直接的に阻害することにより、下垂体からのLHの分泌を直ちに抑制します。したがって、LH-RHアゴニストのように投与初期の一次的な男性ホルモンの上昇は見られません。
抗男性ホルモン剤(抗アンドロゲン剤)
男性ホルモンは精巣だけでなく、副腎からも分泌されています。
抗男性ホルモン剤は、前立腺がん細胞内において、ジヒドロテストステロンがアンドロゲン受容体と結合するのを阻害することで、男性ホルモンの作用発現を抑える薬剤であり、がん細胞を縮小させる作用をもっています。
副作用として、女性化乳房、ほてり、性欲の低下、勃起障害、肝機能障害などがあらわれることがあります。
抗男性ホルモン剤は単独で用いられる場合と、LH-RH(GnRH)アゴニストまたは精巣摘除術に併用して用いられる場合があります。
抗男性ホルモン剤には、ステロイド性と非ステロイド性のものがあります。
非ステロイド性薬剤は、前立腺がん細胞内において、ジヒドロテストステロンがアンドロゲン受容体と結合するのを阻害する作用のみを有しますが、ステロイド性薬剤には、この作用のほかに、下垂体からのLH分泌を阻害することで男性ホルモンの分泌を抑える働きもあります。
CAB(combined androgen blockade)療法
男性ホルモン(テストステロン)の約95%は精巣から分泌されており、LH-RH(GnRH)アゴニストまたは精巣摘除術でこれを抑えることにより十分な治療効果が得られてきました。しかし、これらの治療を行っている状態でも、約5%の男性ホルモンは副腎より産生され、前立腺内に活性化された男性ホルモンが約40%も残存していることが明らかになっています。
そこで、精巣と副腎から分泌される男性ホルモンの影響を最大限抑えることによって、より治療効果を高めることを目的として、LH-RHアゴニスト、LH-RH(GnRH)アンタゴニストまたは精巣摘除術に抗男性ホルモン剤を併用する治療を行う場合もあります。この併用療法は、CAB(combined androgen blockade)療法と呼ばれています。
精巣と副腎から分泌される男性ホルモンの働きを、両方とも抑えてしまおうというのが、この併用療法の目的です。治療効果を見極めながら、使用する薬を交換したり、治療を一時中断して再開したりするなど、さまざまな治療の進め方があります。
女性ホルモン剤(エストロゲン剤)
女性ホルモンのひとつであるエストロゲンにも、精巣摘除術およびLH-RH(GnRH)アゴニスト、LH-RH(GnRH)アンタゴニストと同じく、男性ホルモンの分泌を抑制する働きがあります。そこで、女性ホルモン剤(エストロゲン剤)も前立腺がんのホルモン療法のひとつとして使用されています。
副作用としては、浮腫(むくみ)や女性化乳房、肝機能障害などがあらわれることがあります。
また、女性ホルモン剤は血栓をつくりやすくする作用があるため、心血管系の病気をもっている患者さんが使用する場合には、十分な注意が必要になります。
精巣摘除術
精巣摘除術は、男性ホルモンを分泌する睾丸そのものをとることによって、男性ホルモンを低下させ、がん細胞の増殖を抑える治療法です。手術時間は30分程度で、数日の入院が必要になります。
精巣摘除術では、男性ホルモンの回復が望めないこと、手術による肉体的な侵襲を伴うことなどが問題点となります。
転移のあるがんに対する併用療法
LH-RHアゴニスト・アンタゴニストや精巣摘除術で男性ホルモンの分泌を抑えた「去勢状態」にしても病状が悪化する状態を「去勢抵抗性前立腺がん」(CRPC:castration-resistant prostate cancer)といいます。
このCRPCに対する治療には、ARSIや細胞傷害性抗がん薬が用いられています。その後、ホルモン療法が行われていない転移のあるがんでは、薬剤や手術による去勢にARSIや抗がん薬を組み合わせることで、がんの増殖をより抑えられることが示されました。このため、転移のあるがんの場合は、がんの悪性度や転移の状況などを基に、ホルモン療法としてLH-RHアゴニスト・アンタゴニストや精巣摘除術とこれらの薬剤との併用が検討されます。